白い恋人

外国人を"外人"と呼ぶと傷つくそうだが、"白人"はどうなのだろう。…ちゃんと"白色人"と言った方がいいのかもしれないが、私は差別問題にはうとい方なので、他意はない。気にせず"白人"を用いよう。

非常に唐突だが、カフェの白人は格好いい。なんというか、様になるのだ。白人のつがいが居るだけで、そのカフェの格も上がるってもんだ。店側も彼らからは金を取らず、むしろ金一封差し出すぐらいで丁度いいとの声もあるが、まあ、それはおいておこう。問題は、どうして白人と我々黄人との間にこうも差がつくのか、だ。

白人そのものがそれほど格好いいわけではない。ちょっと足は長いが、4割がた赤ら顔だし、意外と腹部は膨張気味だし、変な胸毛も生えている。まあ、同じ条件ですだれハゲが加算されるオッサンよりは数段ましだが、それでもやはり格好いいとは言えない。恐らくカフェとの相性が鍵なのだろう。

実際のところは知らんが、何故かカフェの白人には余裕があるように見える。新聞を読むにしても、背もたれにゆったりと体重をかけ、足を組む。熱が入り前のめりになる時には、大きく足を開く。やはり堂々としている。…対して日本人。身体が椅子になじまず、貧乏ゆすり。前のめりになると、内股。たまに背もたれにどっしりかまえたかと思えば、爆睡。なんなんだ、いったい。お前らにとって気品って何だ。

そういえば、カフェの黄人は忙しそうだ。何にせかされているのか、たいてい何かしらの作業をしている。ゆっくりくつろごうという意志が感じられるのは、オバサン3人組(極上の迷惑客)ぐらいだ。かくいう私も、某チェーンカフェにてこれを書いているわけで、バリバリ同罪なわけだが…。試みに、周囲の客の様子をここに記そう。お兄さんはパソコン。さえないお兄さんは伝票か何かのチェック。女の子はメール。オバサンはおしゃべり(hate)。おねーさんは読書(love)。馬鹿女は上を向いて爆睡(帰れ)。ゆっくり音楽を聴いてくつろいでいるのは、おじいさん一人くらいだ。…でも、心なしか後ろ姿が寂しそうだ。…逃げてきたのだろうか。

「白人にあって黄人に無いもの。もしかしたらそれは余裕かもしれない」…なんてきれいにまとめるのは性に合わん。ここからさらに4ページほど中間管理職バッシングでも繰り広げたいところだが、ページの都合上この辺で切り上げておこう。さらばだ。