Litera!

Solitumar

2002.Nov Story&Illustration by るう

あれは十五歳のあたたかい春の日、一通の手紙が届いた。そこには母の死が刻銘に書かれていた。まさか今まで母親が生きていたとは・・・。

 

まさに天使が舞い降りてきたかのような日だ。このオレに名が与えられる日がくるとは! 与えられた名は・・・ユエ

母、ユリアの名を由来にしたらしい。

 

 

この世界で親をもたない子供は名も与えられず、ソリチューマーと呼ばれている。そしてそれは罪人の意味をなしていた・・・。

 

「ソリチューマー--いつ悪事を働くかわからない罪人--を世間から隔離し、監禁区内での放置を善とする」

 

ずいぶん昔に裁可されたこの法律は今も健在で、まだ目も開かぬ乳児の頃から、オレのような者達にジェイルでの生活を提供した。

 

三〇〇年ほど前まではソリチューマーが溢れかえり、社会の秩序を保てなくなった事が原因で政府が下した決断だったらしいが、今じゃ正反対の少子化社会。現在のソリチューマーの数はわずか一〇〇程らしい。

 

だが、一度定着した常識は、早々覆されるものではない。未だ改善されない社会成立に不満を抱かないでもないが、下界を知らないオレにとっちゃジェイルでの生活こそが普通だった。

 

母親が死んだのに、なぜ嬉がってるか不思議かい?

親がいたという証明さえあれば、名が与えられるんだ。そして幸いにも母の死は、オレの父親の生存を判明し、オレに更なる自由を与えてくれた。

 

新しい生活が始まり、最初は知らない景色や認識に驚かされてばかりだったが、それもほんの僅かな期間。気づけば当たり前のように仲間と街でつるみ、夜はバーテンダーとして働いていた。

 

夜・・・何もかもを覆い隠す闇が空すべて包む頃、薄暗い裏路地と地下階段をひとりでくだり、UG5階にあるオレの職場へと足を運ぶ。ソリチューマーの溜まり場として有名なUG=禁下墓地=地区にある割には、随分いい店だろう。

 

いつものように勝手口から入店した時だった、その人は突然オレの前に姿を現した。その人とは、警吏隊隊長ルイ・エ・ギヤガイである。年齢56歳。軍の指令試験をパーフェクトで通過し、政府内で天才として名を広める。以前、その頭脳が認められ政府重要人としての地位を手にした事もあるらしいが、

今はなぜか警吏隊として順位を降格したかされたか、そこで任務を遂行しているらしい。

 

そんなエリートさんがこのUG地区へ来るということは、ソリチューマーであるオレを捕らえにきたか事件か何かが起きたのか・・・?

黒くなびく警吏服に包まれ、盛り上がった筋肉が更に肥大化されている。短く切られた黒髪に口ひげ。まるでファイターだな・・・。彼は特に何をするわけでもなく、チラッとオレを見据えると、口も開かずに去っていった。ひとつ・・・銀のペンダントをテーブルの上に残したまま。

 

中に写真が入るようになっている代物で、開けるとそこには、シルクのような白い髪の女の写真が入っていた。それは・・・紛れもなくオレの母だった。最初で最後に一度だけ見た、あの死に顔にそっくりだった。

 

つまり・・・?あいつがオレの父親・・・?

 

ひざが震えた。まさかこんなに近くにいたなんて。しかも、アイツはオレがアイツの子供だって知ってるんだ・・・。会いに行こう。

オレ・・・アイツと話てみたい。オレのことどんな風に思ってるんだろう。 まさにユエがルイに歩み寄ろうとした、その瞬間だった。

 

ドウンッ!!

 

「くはっ・・・?!」

 

銃弾がユエの心臓付近を貫通した。痛みで顔がゆがみ、右手で胸を抑え、あまりの激痛に床にへたりこむ。なんとか立ち上がろうとした時、次の銃声が空を凪った。

 

ドウッ! ドウッ!

 

二発・・・。今度は確実に心臓を貫通した。流れる血があまりにも鮮明にブラックライトに照らし出されている。店の中はどよめき、いつもの落ち着いたBGMはかき消された。しかし、すぐさま声は止み、静寂がまた戻った・・・。これがこの世界の人間・・・。

 

「なっ・・・んだよ・・・これ・・・ゲホッ!」

 

あまりに鮮明に流れ落ちる血は、彼の顔すらも赤く染めていった。

コツ コツ コツ

 

銃声のしたほうから、人影が姿をあらわした。こちらに歩みより、言った。

 

「悪いな。お前の存在を知られたらまずいお方がいらっしゃるのでな。」

 

サングラスとバンダナで人相は伺えない。*手導銃を手に握り締めたまま、男は消えた。

 

「存在を・・・知られたら・・・? 親父・・・? ルイ・・・か?」

ぽつりとつぶやくと、ユエはその場で目を伏せた・・・。

 

誰一人として横たわった彼に目を向けるものはいなかった。先ほどの銃声が嘘のように、笑い声が戻った店内。BGMが流れ、オーナーがグラスを磨く音が静かに響いている・・・。瞬きもせずユエを見つめるルイの空間だけが、止まっていた・・・・。

 

 

 

* 孤児・・・造語。上記した通り。

* 手導銃:高性能技術により手をベースに、四次元に隠しておける銃。

耳に流れ入る声

トイレから戻ってきたヌサ子は、席に着くと周りを見回し始めた。どうしたの、という友人の問いに、彼女はこう答えた。また聞こえるの、と。

幼少の頃よりそうだった。ヌサ子にはその場にいないものの声が聞こえるのだ。いや、それは確かにいるのだ。ただし、普通の人間にはわからない。彼女に聞こえるのは命を持たぬものの「声」なのだ。

大丈夫、という友人の呼び声に、ヌサ子は我に返った。うん大丈夫、と答えると、今も聞こえ続けるその「声」を意識から締め出そうとした。けれどもその試みは友人の手によってすぐに失敗に終わった。今度は何、人間なの、それとも動物なの、と立て続けに彼女を襲った友人の質問が、嫌でも彼女に「声」のことを意識させた。

わかんない、とヌサ子は首を振った。本当に彼女にはわからないのだ。命なきものの「声」は魂の「声」、いや、もっと言うならばそれは「意識そのもの」だ。それは聴覚によって感知するものではなく、彼女の頭にダイレクトに飛び込んでくる。要するに、それは言葉ではない。言葉ではないのだから、相手が死霊なのか、鳥獣霊なのか、それとも鉱物なのか、近くにいるのか、遠くなのか、「声」からは判別できないのだった。もっとも、内容からある程度の察しはつくのだが。

ただ一言だけ、誰に言うでもない小さな声で、尋ねるように彼女は言った。火事、燃えているの、と。

今や彼女の意識は完全に「声」に集中していた。と言うよりも、「声」が彼女の意識の中を占拠していると言った方が正しい。流れ入る「声」が、騎馬隊の突撃のように彼女の意識を奥へ奥へと追いやってしまったのだ。もはや彼女自身の思考はほとんど停止しており、ヌサ子は人形のようにただ漠然と前を見つめているのだった。その間もずっと、休むことなく「声」は彼女の中に響き続けていた。

 

「熱い……熱いわ。この子が死んでしまう。おねがい、もうやめて。もういいでしょう、何故私たちがこんな目に遭わなきゃならないの。私はまだいいわ、もうやるべきことはやったから。でもこの子は、この子はまだ何も知らないの。太陽の光も、冷たい水も、柔らかい草はらも、この子はまだ見ていないのよ。おねがい、この子だけでもここから連れ出して。私はどうなってもいい。ただ、この子には幸せに生きて欲しいの。痛みしか知らずに消えていくなんて、哀しすぎるじゃない。ああ、熱いわ。死んでしまいそう。後生だから誰か、ここから出して。この子が、この子が死んでしまうわ。ああ、熱い……」

 

そこから先は、もはや聞き取れなかった。ただ、甲高い呻き声が今も、ヌサ子の耳に木霊している。あれは誰の「声」だったのか。それはとうとうわからず終いだった。と、そう思った刹那、不自然に張りのある男の声によってその疑問は解けたのだった。

 

「親子丼、お待たせいたしました」

 

 

一瞬でも火中に取り残された妊婦を想像したら私の勝ちだ

記者の午睡

うす暗い部屋に、雨戸の隙間から光が差し込み、その光が一つの面を形成している。その面は時間とともにゆっくりと移動して行き、やがて《私》の顔面を捉え、《私》はその光の存在に、夜明けの到来に、気付いてしまう。できることならこの、暑さ寒さとも、社会のわずらわしさとも人間関係の不毛さとも無縁の、夢の中の安らかな世界に居続けたいと《私》は願っていた。しかしそう考えている時点で、《私》はその世界から既に斥けられてしまっていることをも自覚していた。(しかたねえなあ)と思いながら、布団から半身を起こして、片手で頭を掻いている《私》が見える。その映像はまるで、記憶の中のワンシーンのようで、妙に現実味がない。あ、これは多分夢だな、とその映像を見ながら私自身は思った。起きようか起きまいか迷っている夢だな、という判断はできていたのだ。

(ああ、ねむたい。ふとんがこれ、すいつくみたいに気もちいい)と、《私》が思っているのを私は理解する。

(できればずっと、こうしてたいなー)わかるわかる(この温度がさいこうなんだ。これよりちょっと暑くてもちょっと寒くてもだめ)と《私》が考えているのを聞いているうち、《私》の意識と私の意識との境界はだいぶ怪しくなってきている。

(あ、けど、今日はちゃんと起きないとだめなんだよな)

そう。確か起きなきゃいけない理由があったような…。(いやいや、ねむすぎて頭まわらんよ。寝坊してるってことないでしょー。)じゃあ今はいつなんだ。夜ってことはないけど、朝でもない気がする。感覚的に。

(時計みりゃいいじゃん。)時計はこの部屋にはない。その辺にアラームをかけたケータイがあったはず。ケータイはどこだ。普段は布団のすぐ横に置いているけど、あれ、ついさっきいじった気がする。確かさっき、アラームをセットして、かばんに…。そうだ、かばんの中じゃないのか? かばんは、さっき腰かけたソファの横のあたりで。ああ、やっぱりだ。休憩のため図書館ロビーのソファに座ったまま、ずるずると眠ってしまったようだ。授業があるから寝過ごしてはいけないとアラームしておいて正解だった。いけないいけない。目を開けないと、目を開けないと。

と、気づいた私は、目を開けるよう試みた。ぼんやりと窓が見えて、その奥に見えるのは早稲田大学戸山キャンパス38号館の緑である。しかしそれだけの仕事を果たしたまぶたは再び休憩を求めてうなだれる。再び目を開けようとしてみた。そこでもまた、短い時間ぼやっとその景色が見え、やがてまぶたは自身の重みに堪えきれず垂れ下がってしまった。

まいったな、眠気のせいで意識が体を支配できていないのか。しかもそれを、大学の図書館のソファで体験しているのか。しかしこのソファは気持ちがよすぎる。……あ、いけね。またおかしな場所が見える。

建物のすみっこ。階段が上下に伸びる踊り場。ここの壁は本来白い色をしているのだが、常に薄暗い空間の中にあって、印象としてはグレイだという認識がある。ここはまさに、戸山図書館の一階と地下の間の踊り場であった。それって、自分が眠っているところから10mも離れていないところじゃん、と私は思った。そこで《私》はある人を見つけた。高校の友人で、風貌からまんま「馬」とアダ名されていた吉井と、名前は生田なのにナマと呼ばれていたやつ。彼らとは、高校を出て以来一度しか会っていない。吉井のたなびく栗毛は相変わらず馬って感じであった。そんな二人を見つけた《私》は、彼らに声をかける。この階段を降りたところにカラオケルームがあるから、いっしょに歌おうよ、と。しかしなぜか、その声が彼らに届かない。(おおい、どうしたんだったら。)私の声が届かないまま、二人は何処かへ行ってしまった。その原因がわかった。私は《この世界》の人間ではないからだ。私は、ソファの背もたれに身を委ねて腕をどっかと組み、意識と無意識の間を行き来している、そいつなのだ! こんなことをしていてどうする。さあ覚醒状態に戻らなければ!

意識は取り戻した。しかし次に、どうやったら体を取り戻せるかを考える必要があった。顔をひっぱたいて刺激を与えようと思った。いや、むしろ腕を動かすだけでも十分のはずである。組んだ腕をするっとほどいて、右の平手でぺしぺしぺし、と頬をたたいてみた。たたいたということは体も取り戻したということだ。ふう、終わった。あたりを見ようと首を両に振ると、頭の大事な器官が一つ二つ欠けているみたいに、異常にふわふわする。おまけになんとリアリティのない景色! 窓から見える文カフェ中庭では、私のおばあちゃんの結婚披露宴が行われているし、その奥に見える道路標識は、草書体で「ホモ 注意」と書いてある。だめだこれは。自分が頬をたたく映像を、まどろみの中で想像していただけだった。……なんとかったるい!

腕が動かせないのは、腕を組んで寝ているからだ。腕をまずはほどかなくては。えい、と、勢いつけて腕をほどいてみる。ほどけたことを確認するために、ぶらぶらと腕を振ってみる。腕の自由のきくのを確認して、また頬をたたいてみる。あ、手がほほに、ほほが手に、確かに当たっているな。そうは思うが、ふと気付くとやはり腕はセットポジションに収まっている。そのあとも振りほどく動作を二度三度やってみた。しかしいずれも例のごとく、腕をほどく映像を想像しているに過ぎなかった。映像の中で自分は組んだ腕を離し、開いて、とじて、開いて、とじて。実にばかなことをやっているようで、何だか恥ずかしさを感じた。話し声が聞こえる。それが現実のものなのか、妄想のものなのかは判断できない。談笑している。談笑というよりは、さげすみの調子を感じる。

「……あは、はずかしー……よだれが……って……」というようなことを言っているように聞こえた。

よだれ? もしや「現実の私」がよだれを?

と、思うや、私の体はびくっと縮まった。体中のあらゆる筋細胞に収縮の指令が下りたようだった。一瞬で首が引っ込み肩がすくみ腿の筋肉が反応し足が宙に浮いた。

私は顔をしかめ、ゆっくりと目をあける。さっきからずっと映像として見ていた、戸山図書館から見える景色が、目の中にちゃんとリアルに広がる。むしろ、うっすら目が開いたり閉じたりするうち、視覚は実際にこの映像を捉えていたのかもしれない。

次に、しばらく正座をした足のように、硬くしびれた腕をほどいてみる。肌と肌がこすれぞわぞわする感触を、これもまたリアルに感じる。想像とか記憶じゃないよな、と何度も疑った。

両腕を、ソファの背の部分に強く押し当てて体全体を起き上がらせる。両肩、両腕に確かな重力を感じる。

膝のあたりにひじをつけ、体を折りたたむような形になって、首をだらんとさせる。実際に体が動くと、服やズボンのこすれ、筋肉の動きなどが感じられる。……ようやくかよ。

時刻……ケータイはそう、かばんの中。かばんの中から取り出したケータイには、デジタル表示で12:02と書いてあった。ここで、闘いが終わったという自信は50%ぐらい確信へと変わった。

(……これ、何か面白いぞ。ネタにしよう!)と私は思い、すぐさま書き留めることにした。ノートとペンを求めてかばんを探った。筆記具はすぐに出てきたが、ノートがなかなか見つからない。かばんの中の物全てを取り出して見てみたが、どうしても見つからない。

あ! と思った私は、先ほど出した物をすぐにかばんに押し込み、ソファをはなれ、駆け出した。

きっとあそこだ。最初は四階の学習机で寝ようとしたんだ。けど思いのほか寝づらくて、一階のソファで寝ることにしたけど、そのとき四階に忘れてきたんだ!

眠りから覚めて30秒で走り始めたことなどなかったので、眉間のずっと奥のあたりに、今まで味わったことのないピリッとするような感覚があった。もしかしてこれも夢だったらおもしろいな、などと思ったが、さすがにそれはなく、然るべく四階に着いた。そして、朝座っていた場所にちゃんと、ノートは置いてあった。

すぐに私は、先程来行われた意識と無意識の間の行き来を、ここに書き留めることにした。

Malijuana 大麻 マリファナ

いつのことだったか、記憶にはないのだが、先日、"麻薬のソムリエ"と名乗る女性が逮捕されるという事件があった。皆さんは、この事実を知って疑問を抱かなかっただろうか。麻薬のソムリエが存在するのである。私たちは幼少の頃より"麻薬は危険なもの"という教育を受けてきた。それが、麻薬の"味"の分別が出来る者、云いかえれば、それほどまでに多種の麻薬を賞味してきた者が廃人になるわけでもなく存在していたのである。この事実は、暗に"麻薬は危険なものではない"というひとつの仮説を浮かび上がらせている。オランダに於いてマリファナは合法であるという事実も麻薬はそう危険なものではないのではないかという思いを更に強いものとさせる。果たして麻薬は本当に危険なものなのであろうか。歴史という観点から検証してみよう。

サイケデリック・ロックという言葉を皆さんはご存じであろうか。麻薬の幻覚症状を、音楽によって得ることは出来ないかという考えから生まれたロックの一ジャンルである。(後に、ここからプログレッシブ・ロックという斬新的で実験的な音楽ジャンルが派生した事実を考えれば、このサイケデリック・ロックの実験性、芸術性の高さはうかがい知れよう。)これが 年代後半、一大ムーヴメントとなった。そしてこのムーヴメントの盛り上がりの直接的な契機はLSDの誕生にあった。LSDはH・オズモント医師が、妊娠時の鎮痛薬をつくる際偶然出来てしまったものである。暫くして、幻覚作用をもたらす麻薬として、世に出回ることになる。これがサイケデリック・ロック隆盛につながる訳である。一方でこの薬は精神医療にも用いられることになる。しかも、素晴らしい成果をあげていたのだという。あるの時代においては世間的に奨励されていたのである。それがある時期、麻薬はムーヴメントとして終わりをつげることになる。大量の死人が出たなど大きな事件があったわけではないのにも拘らず、である。これについては、何者かの策略なのかも知れぬ、という憶測もささやかれている。

とまあ、以上のような経緯はあったわけだが、私は別に麻薬を勧めているわけではない。(マリファナやLSDは量さえ間違わなければ安全らしいが。覚醒剤、S、スピードなどと呼ばれるものは依存性が強く、本当に危ないようである。)私が云いたいのは、"麻薬=×"と何の疑いもなく決めつけてしまう態度そのものに問題があるということである。わかろうとしない、という態度こそが差別というものを生むのだ。私たちは、知ろうとする努力をおこたってはならない。