バルト三国をまわって - 早稲田POT 創刊準備号

バルト三国を回って

 

今年の二月の中盤くらいに私はある音楽系サークルの関係で、フィンランドからバルト三国を南下してデンマークへというルートで演奏旅行へ行きました。今回はそのことについて書こうと思います。今回私が行った地域は日本とのなじみもそれ程なく、ハッキリ言ってマイナーな国です。だが合唱が非常に盛んな地域で、ヨーロッパで数々の賞やグランプリを受賞している、歌の強国でありました。最初の滞在国のフィンランドでは、あちらの大学とのジョイントコンサートが組まれていてその前夜に合同のレセプションが開かれました。必然的にあちらの学生と交流するのですが、使う言葉はやっぱり英語、イングリッシュです。そのせいもあってか、あまり突っ込んだ話は出来ませんでした(あちらの学生の圧倒的な英語力に圧倒されっぱなし!)。しかし言葉の端々に自国への強い愛国心のようなものを感じました

次の日の合同コンサートは大盛況に終わり、第二の滞在国、エストニアでのコンサートで私は愛国心を具体的に形として見ることになりました。コンサートのアンコールで日本から同伴して頂いた指揮者の方が、エストニア語で第二の国家とも言われている「我が祖国は我が母」という歌を歌うことを言うと、場内は雄たけびにも似た歓声と拍手に包まれました。

以前の、どんなステージよりも大きい、その歓声に国歌という歌の持つ意味を、教えられました。そして、自分達の国家に対する認識はどうなんだろうということをが一瞬頭をよぎりました。でも、指揮者が構えると、そんなことは頭から吹っ飛び、演奏が始まりました。そして、また私を驚かせる事態が。指揮者と譜面を交互に見て歌っていると、観客席の方からドカドカという音がしました。何かと思って顔をあげてみると、観客が前列から後列へ、いっせいに立ち上がっていくのです。それはまさにウェーブでした。

standing ovation。涙を流しながら一緒になって歌っていたおばあちゃんがいました。足を踏み鳴らしながら、手をたたいていた男性もいました。日本でのコンサートではこんなリアクションはまず得られません。こういう状況になるかもしれないという話は聞いていたのですが、実際になってみると本当に焦ってしまうもので、僕も最初の数秒間、声が震えたりして大変でしたが、段々とビビらなくなり、楽しんで歌えたと思います。この国ではもう一回コンサートがあったのですがそのときにも似たような現象が発生しました。観客のストレートな反応が本当に新鮮に感じられました。実際私にとってこのエストニアでの演奏が一番印象的なものでした。

そして日本における国歌の状態について少し考えました。日本で国歌を歌う時に、エストニアの人々に見られたような深い心の衝動をもっているのか、と。答はNOでした。やはり独立から十年しか経っていないエストニアと、基本的に、他国に侵略されたことのないわが国では比べることは出来ないのかもしれません。

あと、印象に残った国としてはリトアニアがあります。ここではコンサートのあとにレセプションがあったのです。

会場に到着するとダンスような広場が用意されており、あっちの人と踊るというのです。ダンスなんてやったことがない人はほとんどだったので大弱りだったのですが、それほど本格的なダンスじゃなかったし、あっちの人も教えてくれたのですぐ出来るよようになりました。話を聞くと週に二、三回のペースでやってるそうです。ちょっとカルチャーショック。ちなみにダンスの相手をしてくれた女性はみんなすごい美人ばかりでとってもラッキーな一日でした。なんとも滅茶苦茶な文章構成ですみません。でも今回の旅行で感じたのは、自分が思ってたほど、外国の人とのコミュニケーションは難しくはないということです。もちろん私が英語がぺらぺらなわけではなく、外国の人が考えていることは、日本人と変わらないということです。私達が面白いと思っているところは彼らも笑いますし、悲しいことには悲しげなリアクションを返してくれます。なので僕も楽しくて思ったよりもいろんなことを話せました。今回の旅行は私は忘れることがないでしょうし、私を人間的に成長させてくれたと思います。また、こんな体験が出来ることを願ってこの文章を締めさせて頂きます。